たもんじ交流農園

寺島の歴史、すみだの人々をつなげる。

たもんじ交流農園から学ぶ、持続可能な地域の暮らし

人口急減や超高齢化という大きな課題に直面している日本。政府は各地域が特徴を活かし自律的かつ持続可能な社会を創生できるよう地方創生に注力をしています。そんな中、持続可能なすみだの暮らしを提案する取り組みをしている団体があります。「寺島・玉ノ井まちづくり協議会」は、墨田区でかつて栽培されていた「寺島なす」復活プロジェクトや都市型農園「たもんじ交流農園」など、墨田区北部エリアの魅力創出や交流の場をつくっています。全て地域の人たちのボランティアによって活動が継続しています。

地域の人たちが自主的に関わる背景にはどんなワクワクや意義があるのでしょうか。今回は、理事長・牛久光次さんと理事・事務局を務める小川剛さんに、地域活動の根幹にある想いや活動のこれからをお聞きしました。

自分たちのまちを、自分たちの手で盛り上げる

墨田区・東向島で工務店を経営する牛久光次さんは、地域と関わる活動を積極的に行っています。工務店で家づくりをするうえで、その地域に住む人や地域の中に馴染む建築を大切にしたいという想いがあるからです。牛久さんは自ら地域の中で体験・体感しながら、工務店の仕事にも活かしています。

そんな牛久さんが発起人のひとりとして活動しているのが、「NPO法人寺島・玉ノ井まちづくり協議会(愛称:てらたま)」です。「人々が笑顔で触れ合える街・育っていける街」にすることを目的に、農業体験の楽しさを感じられる「たもんじ交流農園」の運営や、江戸野菜「寺島なす」の復活プロジェクトなどを行い、触れ合いや人々がつながる場を提供しています。農園運営のほか、北斎と隅田川をテーマにしたアートプロジェクト「隅田川 森羅万象 墨に夢」で地域住民と一緒に作り上げるイベント「江戸に浸かる。」の開催、寺島なすを聖火に見立てた「青果リレー」など、ユニークなイベントも多数開催し、地域の子どもから大人までさまざまな人たちを巻き込みながら、少しずつ活動を広げてきました。

そもそもこのまちづくり協議会は、近隣の商店街や町会、会長や有志などが積極的に地域の盛り上げに寄与しようと2007年に発足した「寺島・玉ノ井まちおこし委員会」が源流にあります。牛久さんをはじめ、立ち上げた約20名のメンバーでどんな取り組みをしていくかと模索する中で、かつて墨田区で盛んに栽培されていた「寺島なす」復活の提案が出されました。

墨田区東向島はかつて「寺島」という地名で、江戸の人々に新鮮な野菜を提供する近郊農村でした。地域一体に隅田川上流から運ばれてきた肥沃(無数の微生物が生育するバランスよい)な土壌があり、なすづくりに適していたことから「寺島なす」が生産されていました。

しかし、関東大震災で農地は被災者の住宅用地に変わったことから、幻のなすとなっていました。

「寺島なす」を地域の宝に

「寺島なす」がかつて地元地域にあって幻になっていたことを突き止め、その復活に向けて、江戸東京・伝統野菜研究会の大竹道茂さんに出会い、大竹さんから「寺島なす」の情報を得て90年ぶりに種が見つかり、三鷹市の星野農園で栽培していることを知って、牛久さんは「寺島なすを復活させることでまちおこしのきっかけになるのではないか」と心躍ったと言います。

しかしながら、まちおこし委員会としては直ぐには動けず、第一寺島小学校の創立130周年の記念事業に、大竹道茂さんと三鷹市の星野農園が小学生にの栽培指導をしたのが墨田区内に「寺島なす」が蘇るきっかけになりました。

その後、2010年に東武鉄道の協力を得て東向島駅前通りのプランターに苗を植え、道行く人の目に触れる栽培を始めました。

 2011年には星野農園の接ぎ木苗のご協力を得て、なす苗頒布会をスタートさせました。 またその年は東京スカイツリーのオープンイベントでも苗頒布会を開き、当時まだ誰も「寺島なす」の存在を知らないところから認知を広げる地道な活動が始まりました。現在も東向島駅プランター前で、毎年4月末から5月初め頃に「寺島なす苗販売」を実施しています。

牛久さんは「商店街が少しでも活気づいてほしい」という想いもあり、駅前での栽培によって「寺島なす」を地元住民に知ってもらう機会をつくりました。こうして、2012年に本格的に「寺島なす復活プロジェクト」が始動しました。

2014年には「寺島・玉ノ井まちづくり協議会」と団体の名称を改め、「寺島なす」を使用した料理やお菓子を置いてもらえるよう働きかけ、20軒程度のお店が賛同してくれました。なすの「N」からとって「N級グルメ」と名付けたステッカーを店頭に掲示してもらったり、寺島なすを提供する店舗を紹介する冊子を発行したりと徐々に広がりを見せていきました。

2018年には第二寺島小学校にてらたまが栽培指導を始め、収穫されたなすの料理が給食で提供されるなど、次第に知られるようになってきました。

「寺島なす」の復活に向けては、ほかにも墨田区内のイベントで「寺島なす復活プロジェクト」とキャッチコピーを掲げて、「寺島なす」についての講演を行ったり、2012年に「めざせ、中央市場! 寺島なす復活プロジェクト」というアートプロジェクトを行ったりーー。地道な広報活動を行って、「寺島なす」を通じた交流や栽培の学びが少しずつ広がりを見せていきました。

多様な人が関わり、つながりを生む「たもんじ交流農園」

地道に行う最中に、「取材で、たびたび『墨田区で栽培はされていないのですか?』と尋ねられることがあり、次第に、かつての寺島のこの地で実際に栽培したいと想うようになり、地元で農園づくりへとつながっていきました。

寺島なすは三鷹市や小金井など都内で栽培する農家さんはわずかにいますが、墨田区内には農地がありません。

そこで、牛久さんたちは「墨田区の野菜を墨田区で育てよう」「まちなかだからこそコミュニティー農園がほしい」と東向島駅の近くにある中学校跡地をまちなか農園にする要望書を墨田区町宛に提出しました。しかし、なかなか実現には至らずにいました。

すると、まちなかに農園を創る難しさを感じていた牛久さんの元に、素敵なご縁が舞い込みます。地主の多聞寺さんが所有する200坪の駐車場跡地を「地域のためになることなら使ってもよいですよ」と厚意で貸してくれることになったのです。

牛久さんたちは、都内の区営農園や貸し農園などを見学してイメージを膨らませ、食育や環境教育、多様な人たちが利用できる公的農園にしようと決めました。

農園づくりは主に「すみだの夢応援助成事業」という助成金を活用してつくられました。この助成金事業は、地域を盛り上げるプロジェクトに共感した人たちが応援(寄付)する制度。ふるさと納税とクラウドファンディングを掛け合わせたユニークな事業で、まさに牛久さんたちの想いを実現させるためにぴったりの助成事業でした。

助成事業の応募に向けて、2017年に「NPO法人寺島・玉ノ井まちづくり協議会」に法人化し、手作りでつくる農園は3か年計画で進められました。週末になると、時には30人以上の人が集結し、雑草抜きや土掘り、土を運び入れるために3tのダンプ車を何往復もさせたりしながら、耕作地はもちろん、物置小屋やウッドデッキ、芝生張りなど全て地元の人たちの手で作られていきました。

造園しながら同時に2018年、農園作業がスタートし「寺島なす」をはじめさまざまな野菜が栽培されました。3年目になると、広場や道路を舗装して花壇やぶどう棚、入口の門も造っていき、2020年3月についに「たもんじ交流農園」が完成したのです。

「毎週集まって造っている時が、一番楽しかったかもしれないですね(笑)」とにこやかに話すのは、理事・事務局を務める小川剛さんです。小川さんは中小企業診断士として活躍されながら、協議会の活動を精力的に行う1人です。

農園の運営は、牛久さんや小川さんをはじめ地元住民たちのボランティアによって成り立っています。「デザイナーや絵本作家に看護師などさまざまなバックボーンを持つ多様な人たちが集まっていて、それがたもんじ農園の一番の強みなんじゃないかなって思いますね」と農園から始まるさまざまな盛り上がりに嬉しそうに話す、事務局の小川さん。

現在、たもんじ農園には26名の農園会員がいるのだそうです。1区画につき月額5,000円、半分サイズの区画は2,500円で利用することができます。今では借りたい方が多く抽選になるため、​​抽選漏れした方々には共用耕作地で栽培体験にも参加できるようにするなど、農を通したコミュニティーが広がっています。

「土を耕し、苗植えし、栽培して収穫する。そんな農体験を望んでいる方がこの町に、こんなに多くいることを実感しました」と牛久さん、小川さんは言います。子供から大人まで老若男女だれでもが楽しめるコミュニティー農園は、まちなかだからこそ必要な場なのかもしれません。都市型農園の理想的な形としてたもんじ交流農園は注目されています。

苗植え体験から収穫体験までを経験することで、「農」による食育につながっていて、噂を聞きつけた東京都や国土交通省なども視察に訪れるなど、都市型農園の理想的な形として注目されています。

寺島・玉ノ井まちづくり協議会のSDGs

「たもんじ交流農園」には、車椅子の人でも栽培可能なプランターの設置や、木製の椅子やテーブルもワークショップでつくりだしたり、自主的につくる「たもんじ交流農園便り」という月間紙があったりと、農業を通じた食育や環境教育、多様な人を受け入れるプラットフォームになっています。

2022年は、農園内で自然エネルギーによるビオトープの浄化に挑んでいます。メンバーがホタルを飼いたいと言ったことがきっかけとなり、実現に向けて、まずはホタルが自然発生するほどのきれいな清流をつくるべく、墨田区内の各方面の知恵と力を終結して一緒になってつくりだすことをチャレンジします。

「農園には電気がなくて(笑)。電気やエネルギーも自らつくり出せるように、墨田区内の専門家のアドバイスを受けながら、たとえば、雨水タンクに自然エネルギーでポンプを廻してビオトープの水を吸い上げ、それを雨水タンクに溜めて、雨水を落とすと水車が回転してまた電気を生みだすという持続性のある仕組みをイメージしています。」(牛久さん)

現在は水がよどみ、生き物が住みよい環境とは言えない状態。昨年度はホタルの幼虫50匹程を各家庭の子供たちと一緒に育ててみて、ホタルの生態系を勉強しました。

「自分たちが育てたホタルを鑑賞して感動している子どもや大人たちの姿が印象的でしたね」(牛久さん)

サナギになる3月に農園に置いたゲージの中に持ち込んで、光りながら飛遊するホタルをみんなで鑑賞し、墨田区生まれのホタルの幼虫を採取することを目指しました。

水車を活かした水を浄化する仕組みができれば、いずれは園内のビオトープにホタルが自然発生して墨田区の蛍の名所にしたいという無謀ともいえる夢に向かって、今年度のチャレンジを始めようとしています。

農園を利用するみんなで研究をしながら試行錯誤で取り組む過程は、まさに環境教育そのもの。それを大人たちが無邪気に楽しんでいるのが、子どもたちにも伝わっているのかもしれません。

農園に関わる人たちのつながりが生まれる仕掛けや地域のことを学べる機会を生み出し、それぞれの興味によって携われる程よいゆるさ、そして自分の持っている知恵や経験が活きることも一人ひとりの主体性ややりがいにつながっています。

「みんなで知恵を絞るということが農園づくりに生きてくる。農園のような『場』があるといろんなことができるんです」(牛久さん)

運営のボランティアも利用者も継続して関わるのは、「感動ややりがいを共有する仲間がいるから」と牛久さんは言います。

「まずは、みんながワクワクしないと始まらないと思います。共感できるってことが大事で、そんな場をこれからもつくっていきたいですね」(牛久さん)

世界中の都市型農園を研究する大学教授やほかのコミュニティー農園とのご縁も生まれ、農園の運営や「寺島なす復活プロジェクト」について講演の機会が増えるなど、「寺島・玉ノ井まちづくり協議会」の活動は区内にとどまらない広がりが出てきました。

「自分たちの住むまちが、自分たちのエゴではなく社会的意義のある魅力的なまちにしたい」とすみだの未来も見据え力強く語る牛久さん。

「たもんじ交流農園」には、地域の持続可能な暮らしのヒントがあります。

子どもたちへメッセージ

たもんじ農園に訪れる人の年代はさまざまです。一人ひとりが体を動かして、五感で感じながら農園作業や交流を楽しんでいます。ぜひ、体験・体感しに遊びに来てくださいね!(牛久)

【告知】
江戸東京野菜の魅力を召し上がれ!
2022年8月21日、「寺島なす祭り(仮)」を隅田公園そよ風ひろばで開催予定です。地元の飲食店などに「寺島なす」の逸品料理を作ってもらい、来場者に食べてもらう品評会のようなイベント。審査員には江戸東京野菜や寺島なすを栽培する農家さんを招くことも予定しています。
ぜひ「寺島なす」を食べに遊びにきてください!