山口産業株式会社

皮革の循環型社会を目指す。

人と環境にやさしい革をつくる、山口産業の挑戦

画像提供:山口産業株式会社

1938年創業の山口産業は、戦後、豚皮のなめし業を始め、現在は3代目の山口明宏さんが父から受け継ぎ、植物性のなめし剤を使用して環境に配慮した革づくりで業界を牽引するタンナー(皮をなめして革に加工する人、事業者)となりました。「持つ人に喜びを、使う人に夢を与える革を製造すること」という想いのもと、これまで歴史を刻んできた山口産業は、国産豚革の魅力を技術力で示し、未来につなげるため精力的に活動をしています。皮革業界の課題に向き合う、同社の豚皮や業界内での取り組みについてお話を伺いました。

「ラセッテーなめし」の技術力で、皮革の未来をつくる

墨田区は古くから皮革産業が盛んで、中でも豚革は主に区内で生産され、国内生産量の9割を占めています。革製品は、牛や豚など動物から出される皮が原材料となりますが、皮はそのままだと腐敗するので、それを防ぐために加工するのが「なめし」と呼ばれる作業です。原皮に液体を染み込ませてなめすことで皮から革になり、丈夫で永く使用できる革製品の材料になります。山口産業は、創業以来、なめし業で歴史を刻んできました。

従来、なめしの製法は世界中で「クロムなめし」製法が採用されてきました。なめし剤のクロムは伸縮性に優れ、着色など加工のしやすさもあることから現在も多くの革製品に使用されています。しかし、なめし剤のクロムは焼却すると人体に有害な物質が排出されたり、環境にも負荷がかかるとされています。

こうしたなめしの課題に対し、山口産業では2代目である山口さんの父が「人にも環境にもやさしい革をつくり、循環型社会をつくっていこう」と開発を行い、1990年に「ラセッテーなめし」製法を開発しました。植物タンニンで皮をなめす独自の技術です。

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「ラセッテー」とは枯葉を意味する「russet(ラセット)」と山口産業の「Y」を付けた造語。枯れ葉が養分として土に還り、また新しい葉が開くという意味があり、食肉加工の過程で出される動物の皮を有効資源化することで、皮革産業の循環型社会を実現したいという思いが込められています。ラセッテーなめしでつくられた革は、子どもや敏感肌の人も安心して使用することができ、土に還すことができるため、人にも環境にも配慮されているものです。

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「生き物から命をいただいているので、地球に還すということや、廃棄することにも向き合い考えなければならないと思っています。そして、環境だけではなく身近な職人たちにも負荷がかからない製造方法を模索した結果、できた技術です」と山口さんは独自製法を生んだ背景を話します。

最初は、クロムなめしとラセッテーなめしを半分の割合でそれぞれ製法を行っていましたが、2015年に代替わりするタイミングで、クロムなめしを全て止め、ラセッテーなめしのみに切り替えました。

「当社は区内でも後発だったし、小さな町工場です。量産は難しいので、大手には価格で太刀打ちできない分、技術力で勝負するという考えがありました」と山口さんはいいます。

環境や人体にも影響を及ぼすとされるクロムを一切使用せず、焼却すると土に還すことでできるという素材の良さと実用性を兼ね備えた革づくりを実現し、国内初となる「日本エコレザー基準」の第一号にも認定されるなど、国内外で技術や品質が高く評価されています。

いただいた命を、大切に使い切る

毎月、食肉になる豚は100万頭いるといわれています。戦後の高度経済成長期には、区内では100万枚の皮のうち、60万枚から70万枚ものなめしを行っていました。ところが、時代の流れとともに本革の製品を扱う靴メーカーなどが減少し続け、かつて100軒程あったなめし工場も、現在稼働している工場は5、6軒程度にとどまっています。

なめし業を今に続けてきた山口産業ですが「以前は当社でも週に500枚程なめしていましたが、現在は300枚程度。昔の2日分程度しかつくっていない状況です」となめし業の現状を話します。

なめし業の厳しい現状の中でも、なめしの技術を活かした活動にも力を入れて、技術や歴史を紡いでいこうとしています。山口産業は豚皮だけではなく全国各地の害獣駆除で出された獣の原皮を預かり、なめして再び産地に戻す「MATAGIプロジェクト」という活動をしています。

きっかけは、2008年のとある日の早朝6時に北海道と島根県から2人の役場の担当者が訪ねてきたことからでした。山口さんは訪問してきた2人から、北海道ではエゾジカを、島根県ではイノシシをそれぞれ駆除しなければならず、駆除した動物の皮を捨てている現状を聞かされました。訪ねてきた2人は、この皮を捨てずに有効活用できないかと山口産業に相談にきたのでした。

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全国各地では、野生動物による農作物や人間などの被害に悩まされています。国は、鳥獣保護法の改定によって、害獣の駆除期間を設定し獣害被害の削減と生態系のバランスを保てるようにしたものの、対応が追いついていないのが現状です。獣害の繁殖は、生態系のバランスを崩し、やがて森林の衰退につながることが懸念されています。

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こうした現状を聞いた山口さんは「いただいた命ならば、肉も皮も無駄にしてはいけない」という思いで、通常の豚皮のなめしと一緒にイノシシとシカの皮をなめしてみることにしました。結果として、害獣の皮もラセッテーなめしによってよい革に仕上げることができました。

「町や村の厄介者だった害獣の皮が産地の革として活かせるものになり、産地ではワークショップやブランド化も図れるのでは、と夢が出てくるようになりました」と山口さんは嬉しそうに話します。この出来事がきっかけで、全国の産地から動物の皮が届けられるようになり、今もなお取り組みを精力的に行っています。

「皮革産業にいる我々にとって、人や環境に配慮した活動をすることは責務だと思っています。『いただきます』という言葉があるように、肉も皮もいただいた命を使いきる、残さないという取り組みは大事なのではないでしょうか」と話す山口さん。

山口さんの言葉からは、タンナーとして、また皮革産業に携わる人間として、動物への敬意や感謝が伺えます。

国を超え、自然と共存して未来につなげていく

「ラセッテーなめし」製法は、自社だけでなく諸外国のなめし業にも活かされています。1990年にラセッテーなめしが開発されてから山口産業の取り組みは、国内外でクチコミによって徐々に広まり、技術協力の依頼や相談が諸外国から届くようになっていきました。

そこで山口さんは、2013年に「ワールドレザープロジェクト」を立ち上げました。皮革産業の定着はあっても、排水処理の問題や素材の安全性など課題も出てきた中で、資源を有効活用するために産業体制づくりのサポートをするプロジェクトです。エチオピア大使館の視察受け入れや南米諸国の工場排水の調査団を受け入れるなど、「伝える」ということを大切にした取り組みも強化しています。

今も活動が続くモンゴルでの活動の話を聞きしました。山口産業では、2018年にJICA(国際協力機構)を通じて、モンゴルの現地タンナーの2社と技術提携を交わし、ラセッテーなめし製法など技術供与をする「MONYプロジェクト」を実施しています。

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モンゴルは、羊や山羊を飼う農家からウールやカシミアなどの優良な毛がとれることで知られ、現地には32軒ほどのタンナーがあります。優良な家畜生産国であるにも関わらず、皮革素材の大部分にクロムなめし剤が使用され、工場排水による土壌汚染問題や排水設備の見直し、工場移転などを迫られている状況でした。そして、クロムなめしに代わる環境に配慮された技術を求めていたところ、山口産業のラセッテーなめしの技術に白羽の矢が立ちました。

「MONYプロジェクト」では、モンゴルの「なめし工場の排水をきれいにすること」「国際競争力を強化し、豊かな生活と労働環境をつくること」「国民が自国資源や産業に誇りを持ち、次世代に伝えていくこと」を目標として掲げています。

山口産業の技術供与によって、工場排水の問題を解決するとともに、環境に配慮された革素材によってモンゴル国内での皮革産業の基盤を構築しようとしています。

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技術供与によって、その後2021年には現地の革製品ブランドと連携してMONYプロジェクトでつくられた革を使用した製品も誕生しました。国を超え、山口産業の技術提供は次世代に皮革産業をつなげていくきっかけをつくっているのです。

「技術があるからこそ、環境にやさしいものをつくっていく責務があると思っています。モンゴルは内陸国なので水資源は重要です。だからこそ、当社の技術を伝えることは意味があると思ったんです」とプロジェクト参画の思いを話します。

これからの皮革産業において、「国際的競争力を持てるのは、豚革」と山口さんは力強く話します。「日本の産業を盛り上げる一員として、当社もその一端を担っています。墨田区の産業がどのように役立っているのかということを、生活の中で見える化できるようにしていきたいですね」と自社だけでなく区内を代表するタンナーとしての覚悟を話してくれました。

山口産業のSDGs

2017年には「一般社団法人やさしい革」を設立し、クロムなめしからの脱却や、動物や人、自然環境に配慮した取り組みを、自社だけでなくさまざまな組織、団体を巻き込みながら推進してきました。「工場排水のクロムゼロ」「仕事のストレスゼロ」「動物のストレスゼロ」「不公平・不公正な取引ゼロ」という4つのゼロを目指し、現在、主に5つのプロジェクトが動いています。

◆Happy Pigプロジェクト

家畜動物の福祉や育てる環境に配慮した農場のブランド化を目指すプロジェクト。持続的に豚皮を活用し、養豚・と畜・流通・加工・消費といったすべてにやさしい持続可能なものづくりを支援する取り組みです。

◆MATAGIプロジェクト

駆除された野生動物の皮を有効利用するプロジェクト。害獣駆除によって出された動物の皮は、2021年9月末時点で国内の450以上の産地から送られてくるようになりました。

◆レザー・サーカス

MATAGIプロジェクトでつくられた革や国内の畜産動物から出る皮をブランド化させる取り組みです。生産から消費までの新たな商流をつくるため、商品開発やマルシェの実施などの支援をしています。

◆WORLD LEATHER PROJECT

ラセッテーなめし技術協力を行うことで、安心・安全な革づくりを推進するプロジェクト。現在は、優良な家畜生産国として知られるモンゴルの事業者にラセッテーなめし技術を提供する「MONYプロジェクト」に取り組んでいます。

◆ラセッテー・リデュースプロジェクト

皮革製品は、製作時に裁断によって端切れが出ます。産業廃棄物として処分することなく、素材を最後まで使いきるプロジェクトです。

「人から豚へ」そして「豚から人へ」という取り組みをそれぞれ行うことで、皮革の循環型社会をつくろうとしています。

今後さらに山口産業のラセッテーなめし技術が世界中に届けられ、どのような皮革産業の未来をつくっていくのか、注目を浴びることでしょう。

子どもたちへのメッセージ

墨田区の産業である皮革産業でどんなことが行われているのか、わからないこともあるかもしれませんが、ぜひ一度自分で革製品を使ってみてください!(山口)